01.きっと、また笑えるよ (謙也)


 さああ、と風が吹く。冷たくもない暖かくもない。曖昧な温度がまた私の機嫌を損ねていく。大きな桜の木の下。緑色の葉っぱが生い茂る木の影になるところに私は座っていた。膝を抱えて柄にもなくボーとしてみる。

「こんなとこにおった」

 ふと、体にかかる影が濃くなった気がした。

「見ーつけた」

 名前を呼ばれても特に反応せずに私は膝に顔を埋める。その様子に彼…謙也は何を言うでもなく隣にどかりと腰を下ろした。木の太い幹に背を預ける二人の間には沈黙だけが流れていた。
 どことなく気まずいような、それでも心地いいような、そんな気がする。

「お前、ここ好きやな」

 どことなく楽しそうに謙也は言う。

「……何しにきたん」
「んー?別に。何でもない」
「じゃあ帰ったらええやん」
「そんなこと思ってへんくせに。強がりは可愛くないでー」

 笑い声。数秒かけて笑われた私は抱きしめた膝に力を入れる。

 不機嫌。今の話私の状態を表す最も簡単な言葉は、それだ。けれど心の中では表しようのない複雑な気持ちがばらばらぐちゃぐちゃとしていて、とてもじゃないけど形容することなんて出来ない。自分の中で処理できなくなった問題が膨れて、襲いかかってくる。それがどうしようもなく恐ろしくて、そしてとてもどうでもよくなるのだ。ここから逃げ出したくなる、なんて、若いことを考えてみるけれど。本当に、どこかに消えてしまいたくなる時がある。

 でもそういう時に限ってこの男は、まるで獣のように、私のことを察知して見つけるのだ。

「なあ、落ち込むのは一生懸命生きとる証拠やで」
「…いきなり何よ」
「おかんの言葉や」
「良い人だね」
「せやろ」

「落ち込みたい時はめいっぱい落ち込めばええねん。泣きたい時は泣けばいい」

 肩に重みを感じる。ちょっとだけ視線をあげれば金髪が目の前を流れていた。

「でもな、それでも落ち込みたくなくて泣きたくない時は、──俺のとこに来い」
「俺が命懸けで笑わせたるから」
「な、」

 とん、と頭と頭が軽くぶつかる。固めてある金髪が少し痛くて、それでも暖かい。(子供体温なんだから、謙也のアホ)。私は何も言わずに顔を少しだけ傾けた。はじめて、謙也の顔を真正面から見る。
 にかっと笑った謙也に、泣きそうな笑顔を返した。

「うん」


綺麗な金髪を追って、駆けだす )  元気がない友達へ





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