3年2組所属、あの噂高い二大学園美人とその彼氏が集うクラス。否応なしにも見物客は増え、それに愛想よく対応する白石と香織。そして当たり前のようにはじき出された謙也、そしてこと私はひとつの机に向き合って溜息を落とした。

「…、お前なら分かってくれるよな」
「うん…そんなに落ち込まないで、謙也くん…」
「や、お前もな…」

 力なく息を深く吐く。平平凡凡とは言い難いけれど、それなりにやはり格好いい謙也くんといえど、あの二人が絡めばお役御免になるのだ。後輩からも年上からもそして同学年からも好かれるというのはもはや伝説になりつつある。
 いや、そもそも香織の存在自体が伝説なのだけど。

「2年もたぶん、同じ状態やんね…」
「おお…お前の彼氏に2年は全部いっとるやろな」
「……そんな、こと、分かってるし…」
「あーあー落ち込むなや!俺もなんや落ち込むわ!」

 どん、と机をたたいてこの暗いオーラを消してしまおうとした謙也には申し訳ないけれど、はもうひとつ大きな溜息をついた。

 格好良くもなく、そこまで可愛くもなく、そんなに頭がいいわけでもなく。
 平凡なわたしは、3年2組…伝説のクラスのクラスメイトであり、香織の親友であり、そして財前くんの彼女なのである。




ロマンチスト
シンデレラガール





 付き合うきっかけはアチラからのアプローチだった。(つまり告白ね)
 当時、財前くんのことをあまり知らなかったし、格好いいピアスじゃらじゃらな子がおんなあ、とは知ってた。もちろん、テニス部で白石くんたちの後輩ということも分かっていたし。よくマネージャーに懐いているところからして、財前くんは香織ちゃんのことが好きなんだと思っていた。

 第一印象も、じゃらじゃらしてる生意気な目の1年生で、派手で無口で無愛想。という良いことが一つもないような状態だった。もちろん、最初の告白だって、付き合えないと断ったし(だって私なんかじゃつり合わないんだもん)、そこから止まない告白アピールも全部流した。
 感想は、なんで、どうして、だ。
 なんの突出したものがない私に。白石くんとか謙也くんとか香織ちゃんにすっかり埋もれてしまっている私に。どうして彼は目をつけたのだろう。ああああ、考えてきてもんもんとしてきた。

 うう、と唸るの頭にこつん、と何かが当たる。

「どうしたん、ちゃん」
「…香織ちゃあん…」

 弱く呟いた名前に香織ちゃんは、すっごく綺麗に微笑む。そう、確か笑顔が好きなんだと謙也くんが言ってた気がする。だって、香織ちゃんが笑った姿は男女見境なく惚れそうなのだ。
 呼び捨てを何故だか嫌う彼女に、もちろん呼び捨てで呼べるはずなんてなく。約束だからごめんね、って哀しそうに微笑まれたら何も言えない。謙也くんは特別だから約束破ってるんだって。ほんとに愛されてるよね。気づいてるのか分からないけど。

「財前のことかなぁ?」
「う」

 が財前くんのことを好きだって、分からせてくれた(つまり協力)してくれたのは香織ちゃんだ。そこからが悩むたびにこうして香織ちゃんは相談をさせてくれる。
 知らない人には香織ちゃんは自信満々で自意識過剰でナルシストで周りを振りまわす、って言われてるかもしれないけど。は声を大にして言いたい。私は、彼女以上に優しい人なんてみたことないんだってこと。
 謙也くんと香織ちゃんのカップルはすごく、お互い大事にして好きあって愛し合ってるんだなあ、って分かる。どっちも良い子で優しいから、こんなによい関係なんだなあ、って思うと、何だかすごく自分が情けない。

「わたし、ちゃんと財前くんに好きって伝えられてるかなあ…」
「ほお…」
「ん?」
「いや、だって不思議だなあ。普通はさ、相手に好きって思われてんのかな、って悩むやろ」

 香織はの目の前の椅子をひっくり返して、大雑把に座る。組まれた足は横に投げ出されて、短いスカートから細い足が見えた。足長い。彼女はおもむろに鞄をあさって何かを取り出す。ごていねいにポーチにいれられているたくさんの飴の中から一つだけによこした。

「あげる」
「え、あ、ありがとう…」

 後は謙也に詰め込んだろ、と甘いものが得意ではない彼氏を思い浮かべてニヤリと笑う香織ちゃんから視線をずらす。うん、愛されてるんだよね。
 手渡された飴はレモン味だった。包み紙を破ってころん、と小さな飴を口に放り込む。甘酸っぱい味が広がった。

「好きってアピールはさ、人によって違うやない?私の場合は、とりあえずひっつきたくて傍にいたいけど、ちゃんは?体べったりって言うより、一緒にいる空間が好きなんじゃない?」
「……うん、良く分かったね」
「あはは、見てたら分かるよ。やってあんたらめっちゃ似たもの同士やもん」

 香織ちゃんはポーチからいちご味の飴を取り出して舐める。甘い物が好きなのか、ふわりと自然に頬を緩めていた。机にひじをついて、香織ちゃんは上目でを見る。彼女よりも背の高いはいつも見下ろすのだけれど、何だかいつもとは違う気がした。

「財前やって分かってるよ。でも不安なだけなんやって。うちやって時々分からんくなるもん」
「…香織ちゃんも?」

 驚いた。いつも自信満々に謙也は私だけが好きなんや、って宣言してるから。というか、あの優しい雰囲気の中で伝わらないことだって、あるのか。は目をぱちぱちと瞬かせる。その様子に香織ちゃんは苦笑をこぼした。

 あのいつも強くて真っすぐな彼女が、弱い言葉を吐いたなんて。
 この四天に伝説を残すほどのヒロインも。恋愛には臆病なんだ。

 すとん、と何かが落ち着いた気がする。

「でもねえ、ひっついてたら何だか安心するんよ。あの目で見られたら嬉しくなる。謙也は隠そうとしないから、全身でうちが好きなんやって分かる。好きやって抱きしめられたらもうそれだけで大抵のことがどうにかなる…ってこりゃ惚気か」
「やから、ほんの少しだけな、自分開くだけでええんよ。それだけでいいの」
「財前は私の自慢の後輩やし、ちゃんは私の自慢の親友や」
「二人が幸せやと、私も嬉しい」

 にこ、と。

 なぜか扉の方へ向いて笑いかける。
 が視線を移す前に、がたがたと扉が鳴った。

「………おまえ、そんなん反則や、あほ」
「謙也くん!?」
「あはは、あーお迎えきちゃった。じゃあね、ちゃん」
「あ、うん、ばいばい!」
「うん、またね」

 ひらひら、と手を振って横にかけてあった鞄を持って香織ちゃんは謙也くんの隣に並ぶ。真っ赤な顔をする謙也くんを最初に笑い飛ばし、そのまま仲良さそうに手をつなぐ。いいなあ、私たちもいつかあんな風になれるかなあ。ぼう、と彼らを見ていると、その陰にもう一人いるのが分かった。ちゃり、と金属音が聞こえる。

「ざ、ざざざ…財前くん!?」
「もー甘すぎっすわ、先輩ら」

 嫌そうな顔をして眉を歪めるのは、こちらを向いてはいないけれど、財前くんだ。
 い、い、今の会話聞かれてたかな!

「そうや。私の自慢の後輩にこれあげよ」

 はい、と香織ちゃんは先ほどのポーチをそのまま渡す。訝しげな顔をする財前くんは受け取った瞬間のくしゃり、という音を聞いて顔を緩めた。おそらくは甘味だと分かったのだろう。

「それじゃあね、また明日!」
「ほな、も財前もまたなー」

 ぽつねん、と放課後の教室に二人だけ残される。
 あわあわとは挙動不審に周りを見渡した。けれどもうすぐ下校時刻なので当然いない。グラウンドにちらほらと残っている人影だけだ。
 きゅ、と上履きが音を立てる。ち、近づいてきてる!私、なんて反応すればいいんだろ!

先輩、」
「は、はい!」

 どもってしまった…。
 自分の挙動不審さに涙が出てくる。なんで私こんなにてんぱってるんだ…。
 横で、ぷ、と笑いだす音が聞こえた。

「帰りましょ」
「あ、うん、ちょっと待ってね、課題だけいれてくから…」
「はい」

 財前くんは素直に頷いてが机をあさるのをじっと待っていた。

 ほらこういうとこ。最初は全然分からなかったけど、案外素直だ。気遣いもある。ただちょっと無口で、表情に出ないだけ。ちゃんと笑うし、会話も続けてくれる。
 どっちかっていうと、私は付き合ってから、財前くんが好きになったのかもしれない。
 皆が知らない財前くんを見つけるたびに、好きだなって分かるんだよ。

「よし、帰ろうか、財前くん。…ん?」
「先輩、レモンの匂いする」
「え…あ、あーアレだよ、うん。さっき香織ちゃんがレモンの飴くれて…財前くん?」

 立ち上がると、ぐい、と財前くんが顔を近づけてくる。う…近くで見ればみるほど綺麗。
 思わず顔を引くと、腰の下あたりに机が当たった。がたん、と大きく揺れる。けれどなおも近づいてくる財前くんに思わず机に手をついて上半身を反らせた。いったい何事だ。

「ファーストキスってレモン味って言いますよね」
「え、あ、うん、そう、かも」
「試してみます?」
「へ?」

 ぐい、とまた顔を近づけた。鼻先がくっついてしまうほどに近い。そしてようやく財前くんの言っていることが理解できた。かああ、と顔が赤くなるのが分かる。つ、つまり、キスしよってことですか、財前くん!

「え、ちょ、待ってまって!」
「……」

 胸板を強く押すけど、どく気配はない。無理やりする感じもないけど。
 はうるさいほど高鳴る心臓に恥ずかしくなる。嫌じゃない、だっていずれはすると思う。ていうかしたい。香織ちゃんなんか謙也くんに教室でもどこでもキスしてるし、怒られてるけど。
 その、恥ずかしい、じゃ、ない!

先輩、目ぇ閉じて」
「……う」

 拒否権のないこの状況で、勘忍しては目を固く閉じた。机の上で拳を握る。ゆっくりと、大きな手がそれを包んだ。さら、と自分の髪と、財前くんの髪が交わう。

 数秒、唇が重なり合った。

 息がとまる。全身が硬直した。けど、なんだか嬉しい。離れる間際にぺろり、と唇をなめられる。

「っ!」
「先輩、かわいい」

 唇に指で柔らかく触れる。まだ財前くんの感触が残っているかのように、熱い。
 かた、と机が直る音がする。

「帰ろ」
「…うんっ」

 少しだけ進んだ気がした。まだ火照りは治らないけれど、そ、と自分の手を財前くんの手に絡ませた。
 すこしだけ、心を開けば、想いは伝わるよ。その言葉を信じてみる。

 好きだよ、って伝わってるかな。
 財前くんの柔らかい笑顔に、自分もつられて笑った。





レモン色に溶け合って
そんな純愛ストーリー





あああああ…やってしまった。一番、いっちばん恥ずかしかった!書きながらもんもんと悶えてました。あー恥ずかしい。財前くんのツン部分がどこかに吹き飛びましたね。デレデレ。そしてラブゲカップル影濃すぎ。前半ほとんどラブゲヒロインにもってかれた。そして長い。
なんだか財前くんに目覚めた気がします。(もちろん謙也も好きだよ!) 可愛い財前くんと格好いい財前くんが書きたい。ラブゲの裏舞台で繰り広げられていくコチラもどうぞ御贔屓に。
白石空気ですが、そのうち手張ります。たぶん。




inserted by FC2 system