風でサラリと流れる黒髪をじっと見つめた。

 ベッドの縁に背をかけて、床に座り込む謙也は足の間にを挟んでいた。小柄なはすっぽりと謙也の間に入り、そして足元に本をおいて黙々と読んでいた。彼らの休日デートといえば、こうして謙也の家で、誰も何も言わず、ただ二人の時間を過ごす…という何だかおしどり夫婦のようなデートになる。時折、ショッピングや水族館や映画に行くこともあるけれど、基本はこれがスタンダードだ。
 学校では煩く、話題の中心から外れない謙也だが、といるときだけ、彼は友人らには目を見開かれるほど大人しくなる。もしかしたらこの無音が謙也だったのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
 ただ自分が分かることは、この無音の空間が嫌いではないということ。そしてが好きだということ。きっと、これだけで十分なのだ。

 不意に謙也は目の前で揺れる黒髪に手を伸ばした。染めても抜いてもいない純日本人の黒髪。手をさしこめば引っかかることなく滑り、そして柔らかい。手入れが行き届いる、艶のある漆黒は今まで見たどの黒髪よりも美しいと思える。
 そんな見つめるような視線に気づいたのか、は俯いていた顔をあげ、胡乱気に目を細めた。

「なあに?」
「…いや、なんでも」
「ふうん」

 謙也の返事に満足したのか否かは、謙也には区別がつかない。再びは手元にある本に視線を戻す。冷たい風が頬を撫でる。

「なぁ、この髪伸ばすん?」

 肩より下ほどまで伸びた黒髪をひとふさ掬って尋ねる。謙也が初めて彼女と出会ったときはまだ肩上ほどまでしかなかったのに。なんだか月日を感じるな、と思いつつもそれだけと過ごしたきた時間をも感じることができて少し嬉しいと思うのも本音だ。

「さあ」
「…さあ、って自分なぁ、」
「じゃあ謙也くんが決めていいよ」

 一瞬の沈黙。

「ええんか?」
「うん」
「んーじゃあ伸ばしてぇや。俺、の髪好きやなぁ」

 気軽に、思ったことを言った謙也には振り返った。持っていた本をごとりと落として、見上げるようにこちらを見つめる黒水晶の瞳に謙也はドキリと胸が鳴る。付き合って何年になるか、なのに、どうしてこうも、彼女は簡単に謙也の心を掴みとる。
 驚いて目を瞬かせた謙也には満面の笑みで微笑んで、体もこちらに向けた。

「うん、じゃあそうする」

 にこ、と黒水晶が美しく細まる。 謙也はの頬に手を当てた。は不思議そうに首を傾けただけで謙也の好きにさせている。
 この美しい艶やかな黒髪も、宝石のような綺麗に澄んだ黒い瞳も、どれも謙也は持ち合わせないものだ。髪は脱色して金色に染めてぱさぱさだし、瞳だって長いこと炎天下にいるせいで日焼けしてしまって栗色にまでなってしまった。

「ねえ、謙也くん。今日は何の日でしょう」
「は?…あー3月17日ですね」
「そう、謙也くんの誕生日」

 ふふ、とは嬉しそうに謙也の肩に両手を乗せる。そしてそのまま膝立ちのまま、金髪をぐりぐりと撫でまわした。ワックスで固まっている髪は、それでもの手に翻弄される。彼女の髪のように風で戻らない謙也の髪は不自然な方向にはねたまま止まっている。

「…誕生日、覚えてたんや」
「あたりまえでしょ。謙也くんの誕生日を忘れたりなんかしません」
「去年、忘れてたーって泣きついてそのまま俺んち泊まったのは誰やっけ」
「さあ?過去のことは忘れる人なの」
「都合ええなぁ」

 くすくすと笑えば、も楽しそうに微笑んで謙也の肩を通り過ぎてそのままもたれかかるように抱きしめる。

「謙也くん、ちょっと目つぶって?」
「なんや、なんかするんか?」
「うん。秘密のこと。だから目とじて、じっと動いちゃやだよ」
「りょーかい、」

 視界をシャットダウンした瞬間、の髪が頬を滑るのが分かった。視界が遮られている分、聴覚嗅覚が研ぎ澄まされて、から香ってくるものが、以前自分が好きだといった香水なのを知った。中学時代よりも落ち着いた色をしているものの、やっぱり金色に近い色をする自分の髪が彼女の細い指で丁寧にどかされる。つぅ、と耳の、ピアス穴を撫でられた。の冷たい体温が心地よく、気持ちいい。

「わたしからの誕生日プレゼント。あ、まだ目開けちゃだめ」

 耳元で囁かれる甘い声を聞きながら、謙也はの腰に手を回して、じっと待つ。ガサガサピリとビニールが破かれる音だ。ころり、と何かが転がる音を聞く。

「ハッピーバースデー謙也くん」

 唇に柔らかい感触。熱い舌で唇を開かされて、素直に従っていた謙也の口内にコロリと飴玉が転がりこんでくる。それをごと舌で絡め取れば、彼女の吐息を共に甘い甘い飴が溶けていく。ころころと転がる飴は、いちご味だった。
 の言いつけを破って目をそっと開ければ、濡れた黒い瞳と目が合う。いつもの優しくおっとりとした色は、激しく甘さを秘めた色に包まれている。

「…、」

 キスの合間に名前を呼べば、かすかながらに返事がかえってくる。それがどうしようもなく嬉しくて、何度も彼女の名前を呼ぶ。
 不意にパチンと金属の音が聞こえた。ゆっくりと柔らかな唇を離すと、耳に違和感を感じる。

「……ピアス?」
「そう。プレゼント。鏡見る?」

 はい、と渡された小さな手鏡を受け取って謙也は鏡を覗く。先ほどまでの指で冷えていた耳に、星型のピアスを見つける。

「謙也くんといえば、星でしょ。どう?気に入った?」
「…おう、ええ感じや。ありがとな、
「どういたしまして」

 ふふ、と笑ったの頬にもう一度軽く口づける。ピンク色に染まった白い肌は、ほんのりと熱を持っていた。愛しい彼女からのプレゼントに感動しながら、謙也はを抱きしめて目を伏せる。ふわりと優しい香りが漂う。

「謙也くん」
「なんや?」
「飴ね、まだあるの」
「飴?」
「そう、だからね、飴…たべよ?」

 がさがさ、と飴の袋を揺らしては楽しそうに微笑む。フルーツ味の飴は丁寧に一つ一つ包装されていて、丸い飴がころころと音を奏でていた。
 「何味がいい?」 ゆっくりと、やさしく問いかける声。

「いちご」

 真っ赤な、甘い、いちご味。そう答えれば彼女が「謙也くん、いちご味が好きなの?」と意外そうに呟く。特にいちご味だけが好きなわけじゃないけど、なんとなく、今日は彼女と食べるならいちご味がいいと思った。

「謙也くん」
「うん?」
「謙也くん謙也くん謙也くん」
「な、なんや一体…?」
「あいしてるよ」

 ころり。甘い、赤い、いちご味。
 甘い香りに酔いながら、謙也はそっと目を伏せた。「おれも」。キスに閉ざされた言葉で言えば、少しだけ、が微笑んだような気がした。



セブンス・ヘヴンでハッピーエンド
あいしてる のせかいで ねむりにつきましょう




ちょっと大人めな謙也くん。格好良くできたと信じてる。果たしてサイトを開設しての1年間で私は成長できたでしょうか。雰囲気甘を心がけて、頑張りました。元気いっぱいな謙也くんも好きだけど、こんなおっとりした大人な謙也くんも大好きです。というか謙也くんが大好きです。
これからも謙也くん愛をかかげていきますが、私の文を読んで謙也くんいいなぁ…と思えるようなのを書いていきたいです。なんやかんやで03月17日、ハッピーバースデー謙也くん!



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