「ちゃう…ちゃうねん、ちがう、謙也」 「うん、分かっとる」 「ほんとに、何もないから、」 ひくっと時折しゃくりあげる彼女の背中を優しく撫でながら謙也はもう一方の手で彼女の頭を胸に押しつける。 何があったのかは知らない。彼女が言うように、何もなかったのかもしれない。けれど、こうしてが思い出したように泣き始めるのは初めてではないし、むしろこの頃頻繁になってきたように思える。 それは秋が訪れ寒さが増して冬が終わり、別れの季節が近づいてきたからかもしれない。 謙也は胸の中でそっと思う。 「ひっぅ、なんも、ないのに、止まらん、のっ」 「うん、大丈夫やで、だいじょおぶ、」 いつもは感情豊かで笑顔に溢れるだが、ふとした時に瞳に暗く冷たい光を宿すことを謙也は知っている。それは羨望だったり、軽蔑だったり、自己嫌悪だったり、憧れだったり、さまざまな感情が混ぜられて分からない程にぐちゃぐちゃになっている色。きっと自身、それが何なのか分からない。分からないから、こうして泣いている。 「俺はここにおるから、」 「…うん、うん、」 「せやから大丈夫やで」 優しく、落ち着かせるように背中を撫で続ける。時折怯えるように跳ねる背を逃がさぬように肩を抱きながら。 いつもこうして弱さをさらけ出してくれればいいと思う。意地っ張りで他人をあまり頼ろうとしないから、誰かに気付かせようともしないのが少し白石に似ているとも思う。思えば彼らは共通点がたくさんあって、きっとお互いに無視できないとは思うのだけれど。謙也はそんな二人から目が離せなかった。 少し目を離せば無茶をする。そしてその無茶が一番の近道であり、最善だと思い込んでいる。自分一人でやることが美しいのだと思っている。それが当たり前なのだと。 本当はそんな二人が、苦しくて仕方ないというのに。 頼ればいい。泣いて、喚いて、叫べばいい。 こんなに自分が分からなくなって戸惑いながら泣くより、もっと酷くもっと盛大に、泣けばいい。 自分がの傍から離れないことを、理解すればいい。彼女から離れることなど当に出来ないのだということを、彼女なしではどうすることも出来なくなったのだと。 「謙也ぁ、」 「うん、ここにおるよ」 まるで子供が母親を求めるように擦りよってくる細い身体をぎゅっと抱きしめながら、謙也は真っ青な空を仰いだ。 もうすぐやってくる。 が嫌いな、別れの春。 「大丈夫や」 別れを見送る春は、出逢いを呼ぶ。そして春は、繋いだ絆を決して解いたりはしない。 この春が過ぎて。今は泣き続けるの隣に謙也がいたら。決してちぎれない絆を目にしたら、きっと彼女は泣きやむだろう。 それでもきっと、春が来たら泣くのだ。 「──みんなおるよ」 泣きすぎて真っ赤になった瞼に一つ、キスを落とす。おそるおそる開けられた漆黒の瞳に謙也は柔らかく笑いかけた。 「うん」 ぽろり、とまた零れた涙を拭って、謙也はまたを抱きしめた。 いまだ泣きやむ様子は、ない。
泣くときは謙也に慰めてほしい。という希望を詰め込んだ短いお話。 こう秋とか春とか不意に泣きたくなるときってありますよね。そういう時は大抵シリアス系なお話を読んで泣きます。我慢してたら変な所で泣いちゃいそうで。一人でこっそり泣く派だけど、やっぱり謙也くんに慰めてほしい。(おい) |