「ちょっと白石!あんた、部員の躾どないなってんの!」 「……ちょい落ちつこか、」 朝練が終わって爽やかにおはよう、なんて言ってきた白石の机をおもいっきり叩く。彼は私の後ろの席なので、後ろを向けばなんてことはない。いつも早めに来るのがポリシーらしく、謙也の姿は見当たらない(アイツいっつも遅刻ぎりぎりのすべりこみやし)。 「で?謙也と何があったん?」 「っ…」 「あれ、当たったんかい。ふーん?」 「い、いやみったらしいで、バイブルのくせに」 「それ関係あらへんやろ」 くすくす、と明らかに何か事情を知ってそうな白石の含み笑いにイラッとしてしまうのは不可抗力だ。なんでほんまコイツもてんのやろ…絶対みんな気づいてないだけやわ。よく2年も友達やってこれたわ。誰か褒めて。 「そういや今日えらい謙也の機嫌良かったなあ」 「…誕生日近いからやないの」 そう、この頃彼の誕生日が近づいてきているのだ。3月17日という卒業シーズン真っ只中だが、2年生にはあまり関係がない。ただし来年は既に卒業している。そう考えればこの学校で祝えるのも最後か。 ふむ、と考えに耽っていると不意に頭に重みがかかる。 「おもっ…」 「何白石と喋っとんの?」 「主にあんたの躾けについて」 「はあ?」 不可解だ、と言わんばかりの顔で首を傾げられる。私にはアンタの方がよっぽど不可解です。 思わず唇を押さえると謙也がにこーと笑う。…こいつ! 「せや、謙也。オマエ誕生日プレゼント何が欲しいん?」 「今年レギュラー入りしたから高級なモンいけるんちゃうん。ウチも出すし」 「なんだかんだ言ってお前去年のテニス部主催の誕生日会におったしなあ」 「ふっ…ケーキは今年も貰った!」 「アホか。主役より食べてどないするん」 「」 なに、と返すと謙也は真っすぐに白石を見ていた。え、何だこれ。何の戦争起きてんの。 もう一度謙也が、と呼ぶ。だからなに、と聞けば白石が了解と答えていた。 「だから何!?」 「んじゃ楽しみにしてるわあ」 「任せとき」 白石と謙也は訳の分からない会話を終了して席についた。一人だけさっぱり話についていけない。混乱した頭で白石に目で訴えれば、何でもないで、と頭を撫でられる。いったい何や。 そうしている間にチャイムが鳴る。担任が入ってきたため、この話は中断だ。 はあ、と息を吐いて起立の号令に従って立ちあがった。誕生日プレゼントどうしようかなあ。 それからの日は謙也の誕生日プレゼントについて質問をしようとしてもテニス部の皆になぜか避けられる。最初はいじめかとも思ったけれど副部長の小石川くん(常識人で優しいんやで)にそれは違うと断言されて余計に困惑だ。度々一氏には寸法を測られるし。女の子の寸法測ってどないすんの、と聞けば次の作品の目安や。と答えられた。そんなんマネキンでやれ。 もともと美術というか、そういう手先が器用な奴なのでよく一氏に服を作ってもらっている身としては文句は言えない。とは言っても男子にサイズもろばれってなんか恥ずかしいな。成長するたびに小春ちゃんにニヤニヤされるし。成長したわねえって胸見ながら言われても! はっ…ちがう、そう、誕生日だった。 しかし授業中にうんうんと考えていても思いつくのが消しゴムやらイグアナのグッズやら到底贈り物とは思えないものばかり。なんて複雑な趣向をしてるんだ。 そう、今年の私の誕生日には(なぜか)テニス部のみんなから私の好きそうなCDと楽譜に楽譜カバーとか色々貰った(忘れがちだけど私は吹奏楽部)。今でも活用中。 誕生日プレゼントとは貰って嬉しいものを贈るもので。私が貰って嬉しいものだったから、謙也にも喜んでもらえるようなものを送りたい。この前気づいたけど、アイツ好きだし。…ちょい待て。 「ああああああっ…!」 うるさい、と隣の子から一蹴。思わず落としてしまいそうになったトランペットを慌てて持ち直す。 そういえば、私、忘れてたけど、謙也にキス、されなかったっけ? 思い出せばカァァッと顔が赤くなる。そう、それだ。私がこの前白石に言おうとしてたのに謙也に遮られたおかげですっかり忘れてた。自分で言うのもなんだけど、私神経図太すぎやしないか。ふつうこんなん忘れやんやろ。女として。あ、ヘコむ。 「……うああっもうあかん…むり」 ちら、とカレンダーを見る。既に17日は明日に迫っていた。どうしよう、何も考えていない。というかあかん、もう逢えやん。思いださなきゃよかった! 気を紛らすためにトランペットを派手に鳴らす。怒られた。 「おはようさん、」 「…ああ、おはよー」 「?なんや暗い顔して。寝不足か?」 「や、ばっちり寝た」 結局何も思いつかず17日の朝を迎えた。いつもどおり白石におはようを返して席につく。クラスを見渡せばふと、机の上にプレゼントの包みがのせてあった。それは紛れもなく謙也の机で。もうプレゼント貰ってんのか、アイツ、と少々イラッときた。 「ねえ、誕生日プレゼントどうすんの?」 「もう決まっとんで」 「は!? ちょっと、やっぱハブ?」 「ちゃうちゃう。ちょい内緒にしてもらってたんや。今日吹奏楽の練習ないし手伝ってくれるよな?」 「え、なにを?」 「謙也への誕生日プレゼント」 にーっこり言われて思わずは気圧されたように顔を引き攣らせる。 2年の友人歴をなめてはいけない。白石がこういった顔をするのは、大抵ろくでもないことを考えついてる時である。 誕生日プレゼントが既に決まっていて、嬉しいのか、私も一緒に考えれなくて淋しいのか。 もんもんとした気持ちの中、それでも時間は刻々と放課後へと流れていく。 は人生最大のピンチを迎えている。 や、言い過ぎかも。でもこの中学に入ってからこのピンチはない。 「ほら、さっさと観念しぃや」 「いやいやいや!ちょっ…勘弁して!」 「何がや!俺の力作にケチつけんのか?あ?」 この不良!背が低いくせにやけに威圧感たっぷりの言葉の裏(隠せてないけど)には早よせぇや、とつらづらと書かれている。しかしこれはムリだ。アホじゃないか、こいつら。 じりじりと狭い(人数がおおいから狭い)部室の中、はひたすら後退する。 「それほんとに私に言ってんの!大恥かかせたいの!?いじめやろ!」 「ふんっ俺のセンスに狂いはないわ!絶対似合うっちゅーねん」 「ええ加減、勘忍してくださいよー先輩。謙也さん来るんスけど」 「なんでそんな落ち着いとんの!見てみ!これきとる私想像してみ!ああああっあかんキモい!」 そう、一氏から差し出されているのはドレスだ。とは言ってもひざ丈より少し短いくらい。動きやすさを計算にいれてあるらしく、スカートがふんわりと軽い。白のレースに所々ピンクなど色がちりばめられている。 正直に言おう。一氏のセンスはとても良いと思う。私だって可愛いなとは思うし。けど!それを自分が着るとなったら話は別だ。そもそも何で謙也の誕生日プレゼントにこれを着る必要があるんだ。 「何言うてん。謙也のリクエストやろ」「 「は?」 「、って言うてたやん」 かぽーん、と目を丸くさせる。言った、確かに言った、が。あれはただ私に呼びかけていたんじゃなかったのか。そういうと白石はお前、結構鈍いよな、と苦笑された。なおも一氏はドレスを持ったまま近づいてくる。 「…あかん、ラチあかんわ」 「よっしゃ財前!最終兵器や、いけっ」 「まじすか。明日のおやつぜんざいにしてくださいよ」 「分かっとるって」 何かの決意を固めた財前がこちらへと近づく。正直、嫌な予感しかしない。 「俺、先輩がそのドレス着たとこ見たいな」 「〜〜っ!ざ、財前…かわい…」 明らかにキャラとはかけ離れている、その甘い声と仕草に、ぐ、とがたじろぐ。 何を言おう。テニス部でもないくせによく部室に入り浸るは、こういった後輩などの甘えた仕草に弱い。普段クールなツンデレタイプの財前がやれば効果は数倍に跳ね上がり、Noと言い返せないのだ。 じ、と見てくるその瞳にはとうとう折れた。 「着るよ、着ればええんやろ!」 「よう言った!それでこそ浪速の女や!」 「アホーッ!謙也にドン引きされたらお前らのせいやからなあああっ」 一氏の手からドレスを奪って、部室内にいた部員を全員外へと押し出す。 手にぎゅっと白いドレス。さわり心地のいい生地に、ごくりと息を呑んだ。部室に鍵をかけて、そっと背中に手を伸ばす。チャックの音が静かな部室に響いた。 「ふんふん、やっぱ俺の目に狂いはないわ」 「…意外によう似合いますね」 「ウチは死にたい気分やわ」 可愛いわよぉ、と小春ちゃんに褒められても浮かぶのは羞恥の涙だ。何が面白くてこんなんで笑いをとらなきゃならんのだ。大人しく白石に髪を任せて椅子に腰かける。どうやら靴まで用意されていたらしく、赤いパンプスに思わずときめいてしまったものの。これ、実は相当お金がかかったんじゃなかろうか。 はい、出来たで。と手なれたように鏡を渡される。可愛く整えられた髪に、普段はしないゆるゆるウェーブがかかっていた。なんで白石こないに手慣れとんの。姉か。姉にやれって言われとんのか。 「もうすぐやなあ」 「何で謙也きょうこんな遅いの?」 「先生に呼び出しくらっとる」 それも計算内ですか。白石が意地悪い笑みをニヤリと浮かべているのを見て、思わず背筋に冷や汗が伝った。あかん、こいつだけは敵に回したらあかん。 がちゃり。 部室のドアノブがゆっくりと開いた。 「謙也、ハッピーバースデーッ!」 「おおぅっ!?」 パァアアンと盛大にクラッカーが鳴らされて、当の扉を開けた本人は戸惑うように目を瞬かせる。しかし今日が自分の誕生日だということを思い出したのか、ふにゃりと顔を綻ばせてありがとーと笑っている。 不意に背中をゆるく叩かれた。白石だ。ええ、そうですか。行けと。なんたる羞恥ぷれい。 促されるまま、かつん、と靴を鳴らす。いつの間にか端に避けていた部員たちを恨めしく思いながら、目を見開く謙也の前に立つ。 「は、はっぴーばーすでー」 しん、と鎮まる。 あああああ!何やねん!笑うなら笑えばええやん!固まったら困るやん! あまりの恥ずかしさに顔を俯かせれば、がばりっと思いっきり抱きしめられた。 「…ちょっと」 「これプレゼント?」 「せや。ちゃんと貰ってや」 「あかん…めっちゃ嬉しい。これ今までもろた中で一番やわ」 「ちょっと謙也さん、」 「ドレスどないしたん?」 「俺の力作や!可愛えやろ!」 「ほんま最高。オマエ、もう自立できるで。めっちゃ可愛い」 ぎゅううと思いっきり抱きしめられている。自分より大きい、しかも異性(そんでもって好きな人)に抱きしめられて普通でいられるわけがない。もう顔は真っ赤だ。ほんとに何なんだ!離そうとしない謙也の腕をばんばんと叩く。苦しいわ! 「さて、ちょい俺らは準備あんで抜けるな。あ、帰んなや。もケーキあんでな!」 「そんじゃごゆっくりぃ」 「ちょ、みんな待って…!」 次々に部室から出ていく部員たち。薄情すぎる。 ぽつん、ととたんに広くなった部室に二人だけ。ばっくんばっくん心臓が鳴ってる。もうどっちの音だか分かんない。 「けん、」 「なあ。からのプレゼントは?」 「は?ちょ…まだ貰うき!?わたしめっちゃ頑張ってるやん!もう恥ずかしすぎて泣きそうやわ!」 それともまだ足りやんの、とやや涙声で言えば謙也は歯切れが悪そうにそうやないんやけどな、と呟く。謙也は少しだけ腰を曲げての首筋に顔を埋めた。もう恥ずかしさが突破して何も言えない。 「返事、ほしい」 「え?」 「なん、覚えてへんの?俺の人生初の告白やで」 「こくっ…」 再び思いだされたキスシーンにはもう絶句する。心臓がもたない!いい加減抵抗しようと暴れれば、腕に力がこもってまた閉じ込められる。耳元にかかる息に頭は沸騰状態。ああもうなんとかして! 「好きや、」 「…っ」 「キスしたいって思うんはお前だけやし、今の格好めっちゃ可愛いし。もういっぱいいっぱいや。なあ、俺んこと好き?」 、と熱い息とともに私を責め立てる。 なんやねん、勝手にキスするは、振られたーってヘコんでたくせに私のこと好きとか言うし!訳分からん! でも一番訳分からんのは、この状況がめっちゃ嬉しいって思う自分や。 「いっいちどしか言わんでなっ」 「おう」 「す…すき、やで!」 ああああめっちゃ恥ずかしいっ。今のテンションやったら白石と一緒にえくすたしー言えるわ! 「今日が人生の中で一番嬉しい誕生やわ。おおきに」 腕の拘束が外れて、ちゅ、と唇にキスが落とされる。 真っ赤でもう精一杯であろう自分の顔を見て、謙也が笑う。ちょいデジャヴ。もう私恥ずかしすぎて死ねる。アホ。めっちゃ嬉しいやんか。 はそのまま手を伸ばしてぎゅう、と謙也を抱きしめる。腰は細いくせにしっかりとした体つきに、心臓が飛び跳ねる。から抱きついてきたのが嬉しいのか、謙也は上機嫌に抱きしめ返す。 「なあ、もう一回言ってや」 「アホ!誰が言うか!」
謙也がユーシ化している…やはりあらがえない忍足の血。いや、白石かもしんない。やっぱり謙也はヘタれて謙也ですね。違和感が拭いきれない。そこは仕方ない。天然たらしを目指した結果として受け止めます。 それはともかくはっぴーばーすでー!生まれてきてくれてありがとう!(生んでくれた先生もありがと!) title by Noiraud |