忍足謙也。四天宝寺中3年2組にしてミスター良い人どまり。
 スピードスターの名のごとく、付き合っては別れを物凄いスピードで駆け抜けるただのイケメンテニス部に入っている中学生だ。彼も相当素材の良い顔立ちをしているのにも関わらず、学校一のイケメンと称される白石の隣に立つことによって女子に無意味に斜め方向で比べられ。元来の性格の良さから頼られ、ノリの良さからモテるもののやはりお友達でいましょう、で終わってしまう。
 今日も、彼は付き合ってたった2週間の彼女に振られてきたらしい。



「ああー俺の何があかんのやろぉ。俺めっちゃ良い男やろ?なあーー」
「せやなあ、良い人やからあかんのかもなあ」
「…さん、真面目に俺の話聞いてます?」
「聞いとるきいとる。あ、ポッキー食べる?」
「聞いてへんやん!…もらう」

 袋から1本のポッキーを出し、彼の口の中に突っ込んでやる。もぐもぐ、と減っていく。情けないような、そのまぬけな顔に香織は笑いをこぼした。何やねん、と少しばかり不機嫌そうに言われる。ごめんごめん、とさも反省してないように謝れば無言で睨まれたのでもう一本ポッキーをあげた。

「そもそも白石みたいなイケメンおるから霞んどるんちゃう?」
「なっか、霞んでなんかないわっ!」
「んん…まあモテることには変わりないけどな」

 告白も謙也の方からしているわけではないし、されて可愛い子だったから付き合う、を付き合うみたいなことを繰り返していただけだ。恐らくは、謙也が自分のことを好きなわけではない、ということに耐えられなくて別れを切り出すのだろう。謙也も相手の子も悪いので、結局どっちもどっちである。

「もう、告白断ったらええやん」
「……やって、泣かれるんやもん」
「ん?」
「女の子泣かしたらおかんとおとんにめっちゃ怒られるねん!もう地獄やで…」
「………」

 その言葉に思わずは言葉を失った。

「…えっと、それはつまりですね。泣かすのが嫌だから告白受けちゃう、と?」
「ちゃうって!ちゃんと俺やって選ぶわ!やけど、付き合っても泣かせやせんやろか、ってめんどい」
「アホか!」

 謙也の口に運ばれるところだったポッキーを奪い取って、思いっきりポキッと食べる。ああ、良い音。何すんねん、という抗議の声に、思わずチョップで彼の頭を鎮めた。

「ほんまに好きな子と付き合うもんやろ?そんな遠慮しいの付き合いやったら女の子から飽きられるのも分かるわドアホ」
「おま、バイオレンス…」
「うっさい」

 机に突っ伏す形になった謙也の頭をもう一度押しつけるようにガシガシと撫でる。脱色した髪は指に絡みつく。ワックスで固めてある髪を指でくるくると回し、まるでパーマのようにクルッと回るのではポッキーを口に運びながら、ふ、と笑った。黙っとればええ男なのになあ。

「なんかなーとおるときは全然そんなん想わんでええのに」
「それは私が泣くわけないって思ってるからですかね、謙也くん」
「ん?いや。の泣き顔ならええ」

 よし、スルー決定。

「なんかさ、こーふとした時にキュンッてしたりとか、一緒におるとドキドキしたり、可愛えなーとか、キスしたいなーって思わんかったん?彼女に」
「……とくに?」

 …こいつ、ほんきでアホちゃうか。 の手が離されたからか、謙也がゆっくりと顔をあげる。
 真っすぐな目に見つめられて、思わず顔を引いてしまう。一体なんやねん。

「でもにならキスとかしたいなあって思うで」
「……は、?」
「授業中の横顔とか、笑った時とか。可愛えなって思うし。?どしたん?」

 頭が真っ白になる。なに、なに言いだしたんだコイツ。
 謙也の言葉が頭の中でぐるぐる回る。彼女にはキスはしたくなくて。でも、私にはしたいって思う?

、」
「な、な、なんや!」

 つまりは、と考えてしまったことを頭を振って散らす。そんなわけないやん!
 心臓がバクバクと音を鳴らす。たとえこちらの自意識過剰の勘違いであったとしても、もうまともに謙也の顔が見れないかもしれない。顔に熱が集まる。

 もしかして、もしかしなくても、私、謙也のこと、好きかもしんない。

「ポッキー、もうしまいや」

 うまかったで、とニコー笑う謙也の頭を思いっきりはたいた。
 けれど当の本人は振られたことがもう頭からさっぱりないのかヤケに心晴れている顔をしている。こ、こいつ!自分だけスッキリしやがって!

 前言撤回、誰がコイツのことなんか好きになるか!

、話聞いてくれてありがとーな」

 今度なんか奢るわ、と言われた言葉に思わずどきんとしてしまった心臓を締めたい。全力で握りつぶしたい。ああああ!自覚したらなんて素直!は恨むような気持ちで立ちあがった謙也を睨む。しかし彼はきょとん、と首を傾げて何かを思いついたようにこちらに歩み寄ってくる。
 座ったままのは何事かと思わず身を構えた。空になったポッキーの箱を潰して、ゴミ箱に向かって投げ入れる。カコン、とすごく良い音を立てて入ったので思わず声が上がる。ノーコンゆえにいつも外してしまうゴミ入れだが、今日はめっちゃ上手く入った。

「謙也!見た!? 今、めっちゃ上手く入っ…」

 振り向くと、謙也のドアップ。え、と言葉を漏らす暇もないまま、その音は無理やり閉ざされる。
 唇に柔らかい感触の後、チョコの味。

「美味しかった」
「なっ…ちょ、は?」

 呂律がうまく回らない。首を回した状態のまま固まってしまう。おそらくは間抜け面になっているだろう私の顔をじっと眺めて、謙也はうん、と一人で納得して頷く。そして思わず惚れそうになるほどの(もう惚れてるけど)満面の笑顔を浮かべる。

「俺やっぱ、のこと好きやわ」

 初めて告白したわ、俺。 にこにこと満足げに笑う謙也に、とりあえず我に返った私は一つのげんこつを落とし、そのまま教室から飛び出した。

 そっと唇に手を当てる。熱い、心臓も張り裂けそうなほど煩い。両手で頬をつねれば、まるで熱でもあるのかという位に真っ赤だった。それでも自然に緩む頬に、ゲンキンだな自分と思わないことはない。
 あああ、どうかスピードスターが追ってきませんように!





イノセント・グラヴィティ
どうか夕日で赤く染まった頬を隠しておくれ!





鈍感天然タラシ謙也でお送りしました。…はずかしいな、お前ら。そして心変わりの早い二人に誰も突っ込まない。さすがスピードスター。笑。ヘタレな謙也も好きなんですが、これも中々に面白いです。それにしても甘えんぼすぎて若干どころか大幅にキャラが崩れてますが気にしない!四天の中で一番愛してる!

title by
 Noiraud



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