かつん、鈍い音がして空気が流れる。彼を迎えたのは、白石の肩をたたく音だけだった。
 辺りがしん、と鎮まる。彼が立つはずだったコートには今は二人、並んでいる。

 隣にふわり、と暖かい流れがくる。

 は何も言わずに、横にあった、熱い手を掴んだ。微かに震える。けれど確かに応えて、二人の指は交差して重なった。ぎゅ、と強く握る。隣を見れば、彼は真っすぐにコートを見ていた。その瞳には、後悔もなにも映っていない。もまた、試合が始まるコートを見据えた。



 試合の変更を申し出たのは謙也からだったという。
 は試合のオーダー変更の前にオサムちゃんからそう、聞かされていた。その場には白石も共にだ。他の部員には知らせていない。退部したものを試合に出すなんて、本来ならば許すわけがないからだ。

 それでも、彼は、四天宝寺が決勝に行くための最善を選んだ。

 青学のダブルス1には誰が出てくるか分からない。もしかしたらゴールデンペアかもしれないし、ちぐはぐなコンビかもしれない。もしかしたら部長が出てくるかもしれないし、誰が出てくるなんて分からなかった。
 謙也は決して弱くない。千歳も、また、弱くない。二人が試合をすれば、結果なんてどっちに転ぶとも分からない。財前との息が合うのも謙也だった。もともとダブルス向きではない千歳をダブルスで出すのは、本来、無謀ともいえるものだった。

 けれど誰も、謙也の申し出に意を唱えるものはいなかった。
 それはみんなが感じていたものかもしれない。そして口に出せなかったことなのかもしれない。

 も白石も、そして謙也も。
 このダブルスの変更を幾度繰り返しても、結局は変わらないのだろう。

 私たちは同じ道を、繰り返す。



 はそっと、謙也との距離を詰めた、肩が触れる。手をつないでいることを誰にもバレないように、そっと隠した。でもきっとバレている。
 黄色いボールが目の前を跳ねるたびに、体が揺れる。それはのものだったかもしれないし、謙也のものだったかもしれない。今でも飛びだしたい衝動に駆られていた。あのコートに立ちたい、と。

 強くつよく、手を握った。そうしていなければ今にもあの試合をぶち壊してしまいそうだった。

 今、ボールを必死に追いかける千歳も、それをずっとポール横で眺める財前も、それを応援するみんなも、そうしろと決めたオサムちゃんも。それぞれが決勝に向けて心を一つにしている。

 謙也がどんな気持ちでいるのか、なんて考えたくはない。きっと彼の中ではもう片付いているのだ。
 彼は、── 後悔など一つもしていない。そしてきっと、私も。


 ボールがコートを駆け抜けた。試合終了の審判のコールの声がする。
 繋がれていた手はゆっくりと解かれた。熱かった体温が離れていく。



 は、と名前を呼ばれて隣を見上げる。

「集合やから」

 四天宝寺の負けや。 こちらを見る8つの双眸がそう語っている。それでも、その8人の表情はどれも清々しかった。
 は冷たくなった手を握る。

 そう、うちは負けた。負けたんや。
 でも── 哀しくはない。

「いってらっしゃい」

 今できる、精一杯の笑顔で見送る。返ってくる優しい返事が心地よかった。

「礼っ」

 上を見上げれば青い空が広がった。爽やかな風が頬を撫でる。ほんの少しのざわめきの中、は解放を感じた。


 ── ああ、夏が終わった。





Last Summer
あの輝きはもう記憶の中のもの





アニメ準決勝を見た後に突発的に書いたもの。四天にはまる前に見て、もう一回見ました。彼らはきっと後悔なく、中学最後の夏を終われたのだと思います。爽やかで清々しく、彼ららしく笑顔で。全国優勝は財前くんに託しましょう。
私もテニス部でしたが、中3の夏は、すごく思い出深いです。レギュラーではありませんでしたが、とても良い経験でした。大人になった頃に、あの頃は輝いていたね、って言えたらいいですよね。
とりあえず改めてお疲れ様!



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