「そう。男に色気を求めるのは女のロマンやと思うんよ」
「いや、おまえ真面目な顔して何いうとんねん」

 かりかりと部室に部誌を書いていく音が聞こえる。

「やって白石!男やって女に色気求めとるやろ?男のロマンなんやろ!」
「はいはいちょい黙ろなー俺めっちゃ忙しいわ」
「白石のいけめんー」
「おおきに」

 。男テニの唯一のマネージャー。ミス・四天の名を持ち、学校の二大美人の片割れである。
 だがしかし、白石は部誌を書きながら心の中で溜息を落とす。そう、この性癖と呼ぶものがなければ。彼女も黙っていれば相当よいのに。

「男はやっぱ色気だよねぇ」




Love Game
お互い気づかずの攻防戦





「……はあ」
「横で溜息つかんでください。うっとおしいっスわ」
「俺いま傷心中やねん。なんか慰めろや」
「誰も見てないとこで勝手に沈んどってください」

 あまりの毒舌にもう一度謙也は溜息をつく。隣にいる財前に大きく舌打ちをかまされた。先輩なのにこの扱い。まあ、いつものことなので財前のことはとりあえず外に置き、この溜息の原因である光景にもう一度目をやる。

 が白石にタオルを渡している。いや、それだけならいいのだ。普通。マネが選手にタオル渡すことなんて。が、それだけじゃないから悩んでいるのだ。そう、俺、忍足謙也の一応は彼女でありたいが頬を染めながら白石にタオルやるってどんな状況や!

「アレは完璧部長に見惚れてますわ」
「追い打ちかけんどいて!」
「このテニス部で一番色気あんの部長っスからね」

 そう、何を言おう。この男テニのマネージャーである、そして謙也の彼女であるは、色気に生きがいとしている。とりあえず男に求めているものは。と聞かれて優しさでも格好よさでもなく、色気、と堂々と答えた彼女は記憶に新しい。しかしそんな発言にも誰も動じないほど、は外見と性格でカバーしていた。根は…根は良い奴なんや。

 はあ、と溜息が零れる。謙也が幾度見たって状況が変わるわけはなく、見えるのは白石に嬉しそうに微笑むの姿だけだ。

「なあ財前、俺って愛されとる?」
「キモいですわ」
「……お前、俺が先輩やって思ってないやろ」

 もう何度このセリフを言ったか。ほんの少し睨むように視線をあげた謙也に財前は深い溜息をつく。

「分かってないんやったら謙也さんが鈍感なだけっちゅーことです」

 いまいちしっくりこない後輩の励ましに謙也はさらに首を傾げるだけだった。あ、と目が合った気がする。


***


、ちゃんとマネの仕事しぃ」

 あ、謙也と目が合った気がする。
 ぼーとそちらを眺めていたら、ぽんと頭の上に真っ白な洗いたてのタオルがのせられる。が足腰筋肉を使って洗いあげた大量のタオル。

「それ、謙也に渡してきな」
「へ!?な、なん…ってか私ちゃんとマネしとるやん!」
「あーアイツ汗ベッタベタやなぁ」
「え!」

 白石の一言には思いっきり振り向く。が、今ラリーを始めた謙也に汗ひとつ見当たるわけもなく、騙されたとは白石をにらみあげる。

「し、白石の嘘つき!」
「ほんま分っかりやすいなあ、お前。何で謙也は気づかんのやろ」

 くく、と堪えた笑みに思わず見とれそうになって目をきつくあげる。この部活の中で一番色気があるのは白石だと、は思っている。色気を生きがいにしているにとって、白石の存在は不毛なくらいに助けになっていた。だって色気なかったら私、暗くなるし。

「こら。見つめるんは俺やなくて謙也にせぇや。彼氏やろ?」
「……白石のが目のほよーになるもん」
「…まったくのが嘘つきやんけ」

 白石は目を細めて苦笑する。
 そう、こういう表情。ほら、ほんのちょっとだけ見れる髪をかきあげる仕草とか、流し眼とか、憂う顔とか。思わず胸がキュンとしちゃうとこが好きなだけ。女の子なら別にそんなこと不思議じゃない。…ただ私には度を過ぎてるって言われるけど。

「色気を求めるのは女のロマンや!」
「んなアホなこと堂々と言うなや、アホ」
「に、二回…!男だってそうなくせにぃ!!」
「はい、行ってらっしゃーい」

 にやり、と厭味な笑顔をたたえたまま強引に背中を押される。当の白石はオサムちゃんに呼ばれて立ち去ってしまった。私の目の保養!

 仕方なしにふわふわのタオルを片手に謙也がラリーしているコートへと向かう。けれどもうボールの音はせずにラリーは終わっていた。財前と何やらアドバイスやら談笑をしている。
 経験者である財前を贔屓する必要はなかったのだが、彼の持つ才能を白石が見つけ、謙也が引き出しているところなのだ。2年生の幅は白石が目立って実力を示しているが、実はもう一人2年生レギュラーがいる。それこそが謙也であり、彼はダブルスを得意としている。
 もともと人懐こい、親しみやすい表裏のない性格なので後輩に人気があり、先輩にも好かれている。去年の終わりにレギュラーに這い上がってきた謙也を盛大なパーティーを開いたのは懐かしい話だ。(ちなみに白石のときにもした)

 ふと謙也を見やると、ブリーチされた色の抜けた髪が太陽の反射でキラキラと輝く。ほんとはサラサラな黒髪の方が好きだけど。謙也ってだけで痛んでいても許せるのだから、恋って怖い。ああ、私恋してるんだなあ、とどこか感慨深くしていると白石が集合をかけた。
 ちょっと!せめて私が渡すまで待っとってくれてもええやん!白石を無言で睨むと、早う行け、って目で促された。ああ、そうですか、行きますよ!

「…何でバイブルが人の意見無視やねん、白石のイケメンーっ」
「全っ然、褒めとんで、ソレ」

 ありがとう、貴重な突っ込み!誰か知らんけど。さすが大阪!ってことにしとくわ。

「謙也さん、集合かかってるんで先行きますわ」
「は?」
「お迎え来てますよ」

 謙也、と声をかける前に財前にバラされる。謙也は一瞬はあ?って顔をした後、こちらを認めて目を瞬かせた。
 そんなに私が来たのか珍しいのか、(ほんとのことだけど)、は謙也の顔めがけてタオルを投げつけた。(私は謙也の汗が色っぽくて好きなの!)

「ぎゃっ…痛いねんけど!…タオル?」
「し、白石が私がマネの仕事してへんって言うから持ってきただけやもん!」
「……何や可愛えーな」
「!」

 甘く優しい声にが拍子抜けで謙也を見れば、タオルに隠れていた瞳が柔らかく笑んでいる。そのまま伸ばされた手で頭を撫でられた。…そういう所々の色気がたまんない!
 謙也の好きなとこは、そう、いっぱいあるけど。謙也をさらに好きになったのは、こういう処々の色気のせいだ。絶対。は思わず頬を緩ませて謙也の頭を撫でる。

「…お前、そういう時の顔、色っぽすぎんねん…」
「はい?」
「何でもないわ!」
「ん?何なに?思わず手ェ出したくなるくらい可愛い?」
「ちゃうわ!」
「そんな力強く否定しやんでや!ちょっと私可哀想!」
「し、知らんわ、アホ!」

 照れているのか真っ白のタオルで真っ赤の顔を隠しながらすたすたと歩いて行く。繋がれた熱い手にはにこにこしながら速足であるく謙也の隣に並んだ。

「私が色っぽくてもしょうがないやん。色気は男が持つもんやろ!早う謙也も白石みたいになり!」
「そんなん誰が決めたねん!俺からすりゃ白石よりお前のがえろいわ!」
「えろっ・・・失礼やで!彼氏に色気を求めるんは女のロマンや!白石にも言ったわ!」
「お前だけやっちゅー話や!彼女に色気求めるんも男のロマンや!白石にも言ったわ!」
「…謙也、白石と浮気しとるんやないやろな」
「何でやねん!! 俺にはお前だけしかおらんわ!」
「私だって謙也だけしかおらんわ!所々でカッコよー決めよって!!」



ギャーギャーと騒ぐ二人を余所に、彼ら以外集合している部員たちは一斉に白けた顔になる。

「何であの二人イッチャイッチャしとるって気づかんのでしょか…」
「本人たちは言い合いしとるつもりなんやで。何の愛の確かめ方や、アレ」
「小春!俺たちも愛の確かめ…」
「寄んなや、一氏!」
「アレで自分愛されとんのか、聞かれてもはり倒したくなりますわ」
「同感やなあ」





浪速のバカップル
四天宝寺の伝説はここから始まる





…というバカップルぶりを書いていこうと思います。
色気大好きな彼女さんと、ヘタレだけど所々格好いい忍足クオリティーな謙也くん。それを生温かく見守る四天宝寺のお話。設定に書かれたあったことそのままですが、四天のおばかな日常が書けたらいいな。更新は不定期です。とりあえず第一弾。




inserted by FC2 system