さよならは、言わない
きっと何度だってめぐりあうから、また会おう




 平和島
 姉の名前だ。彼女は、もう一人の兄とちがい、気性の緩やかな人だった。いや、無邪気で人を食らったようなところはあるけれど。俺たち兄弟には底抜けに優しかった。もし愛というものが具現化できるのなら、きっと地球には入りきらないだろう。それほどの大きな愛情につつまれて、俺と兄は彼女に守られてきていた。
 泣いていれば、一緒に泣いて。悔しさも空しさも、すべてを包み込んで、優しく頭を撫でてくれた。何も言わなくても、ただ傍にいるだけで心地よかった。それは兄も一緒のようで。4つも上の姉に俺は小さいころからべったりだった。感情のコントロールが上手くできない2つ上の兄は、やはり言葉にはしなかったけれど、姉をとても慕っているのは分かる。大切で、大事な、姉だ。

 うちは普通の家庭だ。母も父も優しくて、愛に満ちていた。ときどき厳しくて、叱ったりするけれど。本当に普通の家族だ。
 ただ、兄と姉だけは別格だった。

 兄は力がとても強くて、破壊魔だった。彼自身は暴力を嫌い、人を傷つけるたびに姉に泣きついて縋っていた。その隣で何も言わずに座っているのが俺だったのだけれど。兄は力のセーブが感情ともに弾けとぶ。怒り、というのがキーらしく、兄は怒ると力のセーブをすることができず、手あたり次第に物を壊して。そして自分も壊した。
 そのたびに姉は哀しそうに笑って、ずっとずっと俺たちを抱きしめていた。自分に恐れて、人に縋ることもできない兄は、姉にだけは懐いた。涙も見せた。悔しさも哀しさも苦しさも、弟の俺には見せなかった。それが少し悔しくて、俺は兄からも離れなかった。つまりはブラコンでシスコンなのだ。自覚してる。
 兄は尋ねた。暴力をふるった時には必ず。「俺が怖くないのか」「別に」。姉は答えた。「全然怖くないよ。しーちゃんが人を傷つけたくないってのは知ってるから。大丈夫、生きていればね、そのうち分かるよ。傷つけない方法も、傷つけてしまったときの対処も。だから今はね、子供らしくしていいんだよ」。言葉足らずな俺を埋めるように、姉はそう答えた。

 そんな兄の反面、姉は回復がとても早い体質の持ち主だった。力がとても強くて、触れるもの全てを壊しそうだった兄を抑えるために姉は無茶を何度も繰り返した。コンクリートが舞う喧嘩に飛び込んでいったり、自動車さえ蹴り飛ばしてしまうほどの兄の蹴りを自らが受けたり。兄が自分を傷つけないように、姉は自分の体でそれを受け止め続けた。大丈夫だ、と言い続けるために。
 普通の体なら、もう何度も死んでいただろう。姉が命を軽く見てるとは思えない…むしろ生きることにとても敏感で、死を恐れる人だ。致命傷のような傷も、数日すれば治っていた。姉はそれについて、神様の皮肉だ、と呟いていたのを知っている。けれど、それでしーちゃんを守れるなら、って笑ったことも。
 慕っている姉を、自分の力で壊し続ける兄は。その嘆きを、心の中で叫び続ける兄の悲鳴を、ずっと近くにいた俺は知っていた。何も壊したくないのに、そう呟いて、それでも決して姉の傍から離れなかったわけは。姉が引きとめていたからだ。兄の最後の砦になるつもりだったのだと、成長した今なら分かる。


 彼女は、子供らしくはなかった。達観して、秀逸していて、でもそれを恐れない人だった。

 愛に溢れた人だった。彼女自身が、愛だった。


 何があっても生きて。どんなに絶望しても、苦しくても辛くても、絶対に生きて。生きぬいてみせて。死んじゃダメ。死んだら終わりなの。もしも、苦しくて怖くてもう何もできないと思ったら──戻ってきて。お姉ちゃんを頼って。家族はね、支え合うの。そこに損得も、見返りもない。でも、でもね。辛くなくても、嬉しくても楽しくても幸せでも、お姉ちゃんに時々は会いにきてね。そうしないと今度は私が淋しくて淋しくて死んじゃいそうだから。
 姉はいつもこういった。子供のころから、言い聞かせるように。死んではダメだと。まるで一度死んだことがあるかのように、死を恐れて、生に縋っていた。絶望しかないのなら、一緒に希望を見つけよう。苦しくて息ができなくなったら、一緒にもがこう。幸せに満ち溢れていたら、一緒に笑おう。


 まるで2度目の人生かのように、慈しんで、愛おしんで、とても大事に大切に──日々を生きる人、だ。

 姉という人は。とても優しくて、とても明るくて──とてもとても、強い人。
 守られてきたからこそ、守りたくて。大事にされてきたからこそ、大事にしたい。


 まあね、とりあえず言いたいことはね。
 俺は姉も兄も、大好きだっていうことなんですよ。たとえ、人外の力を持っていようが、いまいが。
 ──大切な家族ですから。




ブラコン・シスコン?そうですけど、何か
姉も兄も、大切な家族だからね



姉と兄をほめちぎる幽さんの独白。敬愛してしょうがない。




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