さよならは、言わない
きっと何度だってめぐりあうから、また会おう




 ──生きてる。

 目覚めは唐突だった。3歳ごろ、ちょうど物心ついた時で、記憶が始まるところ。不意に思った。゛生きてる゛。心臓が鼓動を打って、脈があって、暖かくて、このどうしようもなく満たされたものは、それでも欠けたようなこの感覚は──゛生きてる゛。
 台所で包丁が鳴っている。とんとん、と穏やかな日差しの中、それは響いた。

 これは、いつか、思い描いた──いつ?
 幸せな家族、平穏な日々、愛される日常。
 欲しかったものだ。ずっとずっと、願っていた。

 ああ、私は生きている──。

 生きてる、生きてるんだ。神様の理不尽な不平等に抗って、自らの人生を受け入れて。
お前の人生は本物だったはずだろ。また生きて、人生を歩むことができるのか。今度は、幸せで、誰もが平等で、愛して、愛されて、そんな日々が。


 泣いた。 嬉しくて、嬉しくて。 泣きわめいた。 ああ、私は生きている。 お母さんらしき人が私を心配して駆け寄ってくるのが見えた。泣きわめく娘をなだめるようにして撫でられるその手がとても心地よくて、また泣いた。その暖かな体温に縋って、ずっと泣いた。
 まるで生きていると叫ぶように。



 自分に前世の記憶があると気付いたのは、その数日後だった。しかも前世どころか…死後の世界の記憶まであった。──青春時代がおくれなかった若い子供たちが、心残りを果たす場所。そこに確かにいた。仲間と共に、神様に抗って戦っていた。まあ、それは結局すれ違いで、ずっと無意味な戦いをしていたのだが。
 決して輝かしい前世ではなかった。苦しくて、悔しくて、怖くて、空しくて、生きてる意味なんてなかった。生きる必要もなかった。そんな、日々だったのだ。けれど、その生きざまを、生きる意志もないのに必死に抗って足掻いて無様な死に方をした私を。肯定してくれた。
 
お前の生きてきた人生も、本物だったはずだ。 みんな賢明に生きてきたんだよ。  お前は、ここにいるんだから。
 死んでから初めて、私は生きていたのだと思えた。 死んだことが悔しいと思った。
 出来なかったことは、次にやろう。今度は幸せな日々をおくろう。大切な人に囲まれて、その人たちを守って、平穏で平凡な、それでも愛おしい日々をおくろう。私のような思いをする人をなくそう。後悔しない日々を。大切に一日一日を生きていこう。
 ── そして私は、消えた。

 こうして今、子供の姿で生きているということは恐らく゛転生゛したのだろう。だがしかし、前世と死後の記憶を持っているというのはいかがなものなのか。反則をとびこして、あってはならないことだ。そしてもう一つ、私は異常に回復が早かった。まあ、何度死んでも生き返るということはさすがにないだろうけれど、どんなに深い傷をおっても数日で完治する。
 これは、もう死ぬなよ、という神様からの贈り物なのか、皮肉なのか。

 そうだ、あの子たちは、一緒に転生したのだろうか。一緒に戦いぬいて、消えた、仲間たち。そして私に生きていたことを分からせたくれた優しい少年は、神様に抗っていた少女は、人一倍みんなのことを考えていた不器用な天使は、仲間を支え続けた少年は、必死にもがいたあの子は。ちゃんと、消えることは出来たのだろうか。
 本当はちゃんと彼らの旅立ちを見たかった。でも、信じた。あの子たちは絶対に大丈夫。信じてる。みんなで、信じよう。





 ねえ、私は一緒の名前だったんだよ。もう運命かもしれないね、これから何度死んでも転生しても、私は私のままだから。──見つけよう。何度でも、どれだけかかっても、みんなを見つけよう。たとえ記憶がなくたって、面影は残っているはずだ。あの子にありがとう、って。みんなにありがとう、って。言いたいから。

 きっと、また会えるよね。


 空の澄んだ色は、死後の世界と変わらない。けれども、あの時は確かに死んでいて、今は確かに生きている。この暖かな鼓動が、周りを包む空気が、そのことを感じさせてくれる。
 また私は歩き続けるんだ。死ぬまで、ずっと。それは苦しい道のりかもしれないし、辛いかもしれない。それでも、わずかな幸せでも掴みとってみせる。今度は絶対に、幸せだといえる人生をおくるんだ。
 だからね、私は笑っているよ。 幸せだから。




幸せな日々は自分で作っていく
ありがとう、って笑顔で言いたいから




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