池袋の雑踏の中、彼の足音だけは分かる。色々な人がごった返す中、その人の背中だけは分かる。声だって顔だって、何だって、その人だけ分かる。
 は人に遮られないように腕を伸ばし、華奢な背中に手を伸ばした。がばりと抱きつく寸前、急に振りかえった彼に手を掴まれる。

「………」
「こんにちは、ちゃん。後ろから抱きつくのはこけるから止めてって前言ったでしょ」
「…でも帝人さんはいつも止めちゃうじゃないですか」

 黒いパーカーを風で揺らし、帝人さんは困ったように眉を寄せる。 (そう、その顔、たまらない) は伸ばしていた手を戻し、にっこりと笑う。
 は帝人が好きだ。好きになった過程なんて必要ない。この世界中の誰よりも、は帝人だけを選ぶことが出来る。は彼を見たとき、恋に落ちた。それは恋と呼ぶにはあまりにも身勝手で、歪んでいて、それでも誰よりも彼を愛している自信はある。

 もう20歳を超える帝人は、それでも童顔ゆえにまだ高校生に間違えられる。短く整えられた黒髪のせいだ、と言っても彼は髪を染める様子も伸ばす様子もなかった。だけれどもそれを含めて好きだから、構わない。

「帝人さん、好きです。いい加減観念してください」
「観念?おかしいことを言わないでよ。…ほら、もう高校生になるんだから大人しくしなさい」
「ねえ、帝人さん、私もう結婚できる年なんですよ?」
「知ってる。僕を誰だと思ってるの」
「新宿の情報屋さんのお手伝い改め、池袋の最強無敵素敵な情報屋さん兼ダラーズ創始者」
「…ううん、何だか主観的なものが混じってるようだけど、まあその通りかな」

 照れたように頬を赤らめながら首を傾げる帝人には胸を掴まれるような気持ちなる。恋をするのは初めてじゃない。ただ、こんなに本気になったのは初めてだ。

ちゃん、この池袋で僕のこと聞いてるでしょ?」
「近づいてはいけない3人の一人」
「そう。黄巾賊、罪歌、ダラーズ…この池袋に来たら絶対に近づいたらダメな人たち。まあ他にもまだ静雄さんやセルティさんも臨也さんも健在だから……」

 静雄、臨也という名前はほんの数年前までこの池袋を騒がしていた一般人の名前だ。けれど今や黄巾賊やダラーズの方が有名だ。これらについては色々な憶測や推測が流れている。実はこのリーダー3人は仲が良いとか。この3人が実際池袋を支配している、とか。真実は当たらずとも遠からず。

「いいんです、誰が何でどうなろうと。私が帝人さんを好きなことだけが、私の真実です」
「…あのね」
「ごまかさないでください。子供だからって流さないでくださいっ!本気なんです!帝人さん!!」

 すがるように黒いパーカーを握れば帝人はやはり困ったように微笑み、の頭を優しく撫でる。

「それも知ってる」

 くしゃり、と金色に近い色に染めた髪がゆっくり撫でられる。この髪は、帝人さんが褒めてくれたから、一生懸命手入れしている。根元が黒くならないように、軋まないように。それがたとえ彼が憧れる人や親友の色だと知っていても、やめられない。

「でも僕はちゃんに危険な目には遭ってほしくないんだ。僕がいつでも守れるとは限らないから」
「……え?」
「昨日は3件ほどナンパにあったし、僕をおいかけるたびに通行人に絡まれてる。高校に入ってから告白されたのは男子4人女子1人。ちなみに昨日のナンパの2件目は僕が直接手を下しといたから、金髪のピアスには気をつけて」
「えと、」
ちゃん。僕の職業は?」
「…情報屋、さんです」
「良く出来ました」

 もう一度、微笑んで頭を撫でられる。(ああ、格好いい)

 ピピピ、と冷たい電子音が鳴り響いた。これは知っている。彼がある人からかかってくる専用の着信音。(この良い時にかけてきた青葉、絶対今度見かけたら殴ってやる)。ポケットから取り出した携帯の受話器ボタンを押し、電話に出ている帝人の声がだんだん低くなっていく。(ああ、もう、行っちゃう)

「…ごめん、ちゃん。仕事入ったから、僕はここで。ナンパされてもついてったらダメだよ」
「……分かってますー」
「拗ねないで。んん、えっと、今度一緒に映画に行こうよ。ほら、ちゃんが見たがってたやつ」
「ほんとですか!?」
「あはは…うん、約束する」
「え、あ、じゃ、じゃあ今からデート用の服買ってきます!帝人さんはワンピース派かミニスカ派か短パン派かどれですか!!?」
「ワンピースかな」
「了解しました!!」

 (やったやった!嬉しすぎる!初めてのデートだ!!)
 じゃあ今から服屋をあさりにいって、ワンピースを買いこんで、ああ白にしようかな黒にしようかな、いっそのことピンクとかどうだろう。上着は、靴は、メイクは。髪を切りに行って、予定を決めて、ああああもうどうしよう、嬉しすぎてもう死んじゃいそう…!

 嬉しいのか余程顔に出ていたのか帝人はくるくると表情の変わるを見つめて堪えるように笑っている。
 そのことに気付いたは頬を赤らめて姿勢を正す。

「帝人さん、絶対ぜったいですよ、忘れたら怒りますからね」
「分かってる。ちゃん、怒ったら怖いしね」
「絶対ですよっ」

 念を押すように言うと帝人は、くすりと声を零す。(わ、わ、笑顔だ!かっこいい…!)
 そしての右手をとると、そこにゆっくりと唇を落とす。柔らかい感触が少し。背中がぞくりと震え、心臓が飛び跳ねる。

「約束、ね」

 は、思考を止める。
 帝人はに背を向けて手をひらひらと振った。そして思い出したように静かに振りかえる。


ちゃん。3年後、高校を卒業して、まだ僕のことが好きだったら、
してるなら、おいで。その時は覚悟をしてきてね、僕のところに来たら最後、
 ──死ぬまで放さないから」


 覚悟が出来たら、僕を愛していたら、おいで。非日常は君を歓迎する。
 帝人は艶やかに微笑んだ。それは今まで見たどの笑顔よりも妖艶で、美しく、大人で、男だった。


 は帝人が好きだ。そこには過程も理由も存在しない。彼だから誰よりも好きで、どこにいても見つけられる。
 池袋の雑踏の中、取り残されたは何も言うことが出来ずに胸を押さえていた。(ああ、どうしよう、)(3年も待たされるの)(でも、帝人さん、分かってないでしょ)(私はわたしは) (もう逃げれないほど、あなたのことが好きで、
してるんです)





青 で 閉 じ た 世 界
愛してるの言葉は、3年後に

好きで好きで愛してるけど 3年だけ 待ってあげる
逃げられるなら 逃げてみなよ
さあ 僕に甘い甘いお菓子をちょうだい





inserted by FC2 system