「そのくるくるーってどうやるん?」

 ぽつり、と白石(妹)が零した呟きに先ほどまで目にも見えない速さで回っていたペンが落ちる。ガッという痛い音がしてペン先から落ちたのだということが分かった。ちょ、潰れてへんやろな。

「なんや、お前ペン回しやりたいん?」
「この前、某ブログで謙也先輩のペン回し動画見つけたん、コメント数凄かったで」

 げ、まじでアレブログにあげたんかいな。
 ここにはいない、また厄介な後輩を一人思い出して謙也は眉を寄せる。話題に使うのはいいが、そのコメントがスピード狂(笑)先輩っちゅー紹介がイラってするのは仕方ない。

 白石妹が兄の筆箱をがちゃがちゃと漁って掴みやすそうなのを選ぶ。横で「それはあかん!俺が苦労して作ったガブリエル消しゴムーー!」とか言って妹が投げようとしている(自作)消しゴムを必死で止めているのは見ないことにした。
 何やねん、ガブリエル消しゴムて!最近授業中やたら熱心やったのはそのためか!人のこと言えへんやんけ。

「ってお前、やり方分かるん?」
「えーほら、こーぐるぐるーってやるんやろ?」

 ガッ。大げさな音を立てて先ほどまで手にあったペンがすっ飛んで行く様を無言で見つめる。っちゅーか回すっていうより飛ばす方が目的みたいやで。一回回しただけで教室の空を飛んだ白石の赤ペンご愁傷様。

「あれ、うまくいかんもんやな」

 くるー ガッ くr ガガッ k バキッ

「ちょ、俺の赤ペンんんんー!」
「こらあかん。才能ないなー」
「う、うちやってやればできるもん!くーちゃんペンかして!」
「嫌や!お前何本俺のペン犠牲にする気や!」
「全部」
「成功する気ゼロ!?」
「貸してよ、くーちゃあぁあああん!」
「いーやーやー!!」
「金ちゃんか、お前は」

 こんな教室のど真ん中でペンの取り合いをする兄妹を眺めて謙也は早々に突っ込むことを諦めた。完璧を目指す兄がいるせいか、妹の負けず嫌いも相当なもので。こういう時は誰が何を言っても折れない。
 案の定、ペンケースを力づくで奪われた白石(兄)が凹んで地面に蹲っている。(白石家って女のが強いもんな…)

 ガッ 「あれー?」「俺の緑ぃぃぃぃ」 バコッ 「んん…」「俺の蛍光ちゃんー!」 ガキッメキッ 「なんで!?くーちゃんのペンが反抗期!」「お前の破壊力が規格外!」

 白石(兄)の筆箱をあさってはペンを潰し。最早白石のペンケースは絶滅寸前である。
 もともと男子というものは色ペンを多用しない。(もちろん最低限の色は使うが)ペンの量は少ないのだ。命の綱であるシャーペンに手を伸ばそうとしたところで見かねた謙也が声をかけた。

「ペン回しっちゅーもんは力回しにやったらええもんとちゃうんや」
「ええ?…むずいわー」
「ううう…俺のペン……」
「白石もいつまでヘコんどんねん。…まったくお前ら兄妹は器用そうに見えて不器用なんやから」

 まあ、だから放っておけないんやけど。
 心の中だけでそう呟くと白石妹の手に握られている、恐らく白石(兄)最後のペンを謙也は奪う。

「ほれ、見とれよ」

 妹は興味津々で、兄は鼻をすすりながら(あーあ格好悪ぅ)、謙也のペン回しをじっと見つめる。くるくると綺麗に円を描きながら指の上で器用に回るペンに二人して感嘆の声をあげる。既にペンの影しか見えず、色さえも認識できないほど速い。

「どや?」
「すごい!すごいね、謙也先輩!!」
「せやろ。じゃあ今日はもうこのぐらいにしとこか。ペン回しはまた教えたるわ」
「えー」
「ちゅーかもう回すペンないけどな」
「俺のペンーー!」
「くーちゃん煩いー」
「誰のせいや!誰の!」
「はいはい、うちの赤ペン貸したるから。ついでに緑もあげる」

 ぽいぽいと白石(兄)の筆箱にペンを投げ入れる妹に謙也は目を瞬かせる。(相変わらず仲ええなぁ、この兄妹)。そう思いながらまだ言い合いをしている兄妹を傍観する。

「あ、もうすぐ昼終わる!じゃあ謙也先輩、また明日ね!」
「おう、またな」
「こら、お兄ちゃんも呼びなさい!」
「くーちゃんは家で会うやんか!ほな、また!」

 元気いっぱいで腕全体を使いながら手を振る妹に謙也は苦笑しながら小さく手を振った。何でも一生懸命になってやるのは兄妹一緒だ。
 ふう、と息をついて5限の用意をしようと立ち上がった謙也の手が止まる。先ほど出て行ったばかりの3-2の扉から再びあの薄い茶色の髪が見えたからだ。

「謙也先輩!」
「…ん?」
「格好良かったよ!」

 ばさ、と手に持った教科書が床へ落ちた。

「謙也、」

 差し出された教科書にハッと目をやる。それを持つ手に真っ白の包帯が巻かれてあってすぐにその人物が分かった。謙也は少しだけ熱い顔を振って熱を下げ、白石を見上げる。

「お、おう白石、ありが…」
「うちの妹はやらん!!」
「いらんわ!!!」




ペン回しと白石兄妹
満面の笑顔に少しドキッとしたのは、絶対嘘だ



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