「くーちゃぁぁぁぁああんっ」 「うおお、何やなんや!?」 がば、と背中に思いっきり飛びのった妹に白石は目を見開く。不自然な体制で蹲ってしまったため、以上に腹への圧迫感がある。いくら軽いとはいえ潰れる。白石は、うぐぐ、と呻いた声をあげた。それに妹は声をあげて笑う。 「ちょ、はよどけや!つぶ、れる…」 「それはあかん。よし、くーちゃん手ぇ出し」 「いや、話つながらんし。ってお前、何持ってるん!」 目ざとく彼女の持つボトルを見つけた白石はギンッと彼女をにらんだ。 「マニキュアやん!あかんで、爪やって呼吸しとるんや、荒れ…」 「何いってんの!おしゃれは指先から!指先が全てを語るんや!くーちゃんにマニキュアを馬鹿にする権利はない!ね、お姉ちゃん!」 「せや。オマエにマニキュアを馬鹿にする権利はないんやー健康オタク」 「姉ちゃんも共犯か!」 「やってこの子、気に入ったマニキュア見つけたみたいでめっちゃはしゃぐんやもん。もう私はサロンでしてもろてるもん」 「(こいつ押しつけやがって…!)」 ただ指貸して、と面倒くさい妹をこちらによこしたのだろう。憎かりし姉は優雅に紅茶を飲んでいる。ちゅーか、それ俺が買ってきたイギリス産の良いやつやんけ! 「弟のもんは私のもの。なん、文句あるん?」 「…いえ、ありません」 言い返せそうにない上からの物言いに白石が項垂れて溜息をつく。三人きょうだいの男一人というのはキツいものだ。自分の意見が通りやしない。父だってゾンザイに扱われることも多々あるのだ。 不意に指先を強く掴まれる。そしてひんやりとした液体が爪を覆った。 「おまえ…!なんで俺にやるん!」 「ええやん。めっちゃこの色綺麗やろ」 「しかもピンクやし!キラキラしとるやん!」 「女の子に人気あるんやで、この色!ほら、ウチとおそろ!」 「なお嫌やわ!」 何が哀しくて妹とマニキュアおそろなん…。 すっかり抵抗する勢いを失くした白石は嬉しそうに爪にマニキュアを塗っていく妹の指先を見つめる。自分の指やのに器用なもんやなあ。彼女の爪は綺麗に整えられており、無駄なくマニキュアが塗られてある。ムラもない。 「ほら、くーちゃん、そっちも!」 「はいはい」 「あ、乾かすんやから何かいじくったらあかんで!」 「分かったて」 *** 「という訳や」 「ぶ、おま…妹にも姉にも頭あがらんのか…!」 「そういう話ちゃうやん、いま!」 朝練であっさりとバレてしまったマニキュアに白石が昨日のことを淡々と語った。結局落とすことを許してもらえず、マニキュアをした指のまま学校に来てしまったのだ。 財前には笑いを堪えて嘲笑じみた笑みを向けられ、千歳にはむぞらしか妹ばい、と悪寒を感じ、小春にはロックオンされユウジにはキレられ、と散々な朝だった。がっくりと頭を落とした白石を謙也が笑い飛ばす。 「めっちゃ可愛ええやん、妹。気にいったからお前にもやりたかったんやろ」 「可愛ええことなん知っとるわ。やらんで」 「アホかシスコン自重しろ」 痛い言葉に今度こそ白石はずーんと沈む。指先を見ればピンクがきらきらと輝いていた。 突然、3-2の扉が開かれる。 「謙也先輩!見てみて!昨日めっちゃ可愛いマニキュア買ったん!」 「あ、妹。おー器用なもんやなあ。お兄ちゃんのもやったんやろ?」 ばん、と机をたたいて指先をほらほらと見せられる。両手に丁寧に塗られたピンクに謙也は感心したように笑う。 「かわええ!?」 「かわええ、かわええ」 「惚れる!?」 「惚れるわー」 「!謙也謙也!俺は!?」 「なんでお前いちいち妹とはってくんねん!」 ぱーんと頭をはたかれた白石は机に沈む。それを横目にみて謙也は鼻を鳴らした。が、突然背中に悪寒がのぼる。 「ちょ、妹さん、なに持ってんの」 「え?これ?マニキュ…「わああああ!やなくて何でそれを俺に向けてんねや!」キュア…」 思わず顔を引き攣らせて椅子を引く謙也に妹は目をきらきらさせてにっこり笑う。 手に持つマニキュアを目の前に持ち上げ、ゆっくり開ければ、ほわりと独特の鼻につく匂い。 「謙也先輩も塗ってあげる!」 「やめろおおおお」 「よっしゃ道連れや!」 「押さえるなぁぁ!白石覚えとけよ!」 「すまん、聞こえんかった」 「うん!覚えとくね!謙也先輩はマニキュアが好きなんやんね!」 「ちゃうわああああ!」
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